被災地に咲いた「命の一本桜」(水戸さくら)

 神戸の絵画教室「アトリエ太陽の子」主宰の、画家・中嶋洋子先生。アトリエの生徒たちと一緒に被災地を支援する活動を行っている。
 
 先生自身も十九年前の阪神淡路大震災被災し、二人の教え子を亡くした。呆然と悲しみに暮れるばかりだった先生を変えたのは、内閣府の公募展で出会った、ある防災ポスターだったという。「まさしくこれだ、と思いましたね。」自身の被災経験を、絵を使って次の世代に伝えること。それが、あの震災を覚えている者として、そして絵描きとしての使命だと思ったそうだ。

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「アトリエ太陽の子」主宰の画家・中島洋子先生

 それからというもの、子供たちが辛がって涙を流そうとも、被災経験を生々しく語りつづけてきた。その裏には、「生きる力の強い子を育てたい」という中嶋先生の強い想いがある。亡くなった人たちを想うことで、今与えられている命の尊さ、ありがたさに気づいてほしい。生きたいという強い気持ちが、自分の足で走って逃げることのできる子供を育てるはずだ。
 
 そして、先生の話に心を動かされた生徒たちもまた、自らの想いを伝えるため、絵を描き始めた。キャッチコピーは「絵を描く僕たち、私たちに何ができるかな」だ。彼らにもまた、絵描きとしての使命があるのだ。
 
 東日本大震災が起きたその翌日にも、先生は子供たちに被災地で起きていることについて語りかけた。避難所には色が無い、という先生の話を聞いた子供たちは「花を描きたい」と訴えたという。厳しい冬を乗り越えて一斉に咲きほころぶ希望の花、桜を避難所に…。こうして始まったのがアトリエ太陽の子の「千本の命の桜プロジェクト」だ。子供たちが魂をこめて描いた千本の桜の木が、先生の手で何日もかけて東北の避難所へと運ばれ、味気のなかった避難所の壁一面に、満開の桜の花を咲かせた。
 
 この活動は現在の「命の一本桜プロジェクト」に引き継がれた。中嶋先生が被災地に赴き、数百人の子供たちと一緒に一枚の大きな桜を描き上げる。地震にも津波にも負けないと言わんばかりの強い根と幹、明日へ向かって高く伸びる枝葉、そして子供たちの手型で描かれた花びら。すべてに「生きる力」が脈打っているのを感じた。

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「命の一本桜」を描く子供たち