<トルコ学生デモ>届け、学生の声 ~よりよい社会のために~(浜田寛子)

 10月24日、筆者が現在留学中のコジャエリ大学では学生によるデモが行われていた。コジャエリ大学では度々学生によるデモが起こる。デモの内容は毎回様々だが、学生が訴えているのは特にトルコ政府への不満が多い。今回のデモもその一つで、トルコの隣国シリア・コバニに関するものだった。

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「コバニのために」と書かれた旗 (撮影=2014年12月17日・浜田寛子)

~デモの詳細について~

 10月8日、イスラム教過激組織「イスラム国」がクルド人の町コバニに侵攻した。トルコ南西部ではトルコ政府へ支援を求めるため、クルド人によるデモが起き、警察と衝突。複数の死者が出たと伝えられ、外出禁止令も敷かれていた。コバニではクルド人勢力がイスラム国との攻防戦を繰り広げている。「イスラム国」の侵攻以来、トルコ国内のクルド人から不十分なトルコ政府の支援(難民として受け入れる、食糧や避難所を設ける、等)に対して批判の声が出ていた。

~学内でのデモは、トルコ人学生にとってどう映っているのか~

今回の学内のデモは、もちろん物が壊されたり、けが人が出るようなものではなかった。しかし、筆者の目にはとても異様な光景のように思えた。数十人の学生が集まり、「コバニの為に戦おう!」と叫んでいるのだ。もちろん昼休みなどではなく、午後3時頃、つまり授業

を行っているクラスもある。日本では全く見られない光景だ。

 コジャエリ大学では度々学生によるデモが起きると前述したが、実際に学生たちは学内でのデモについてどう思っているのだろうか。その疑問を解消すべく筆者はコジャエリ大学生にアンケートを行った。アンケートの質問は、「あなたは学内で学生がデモをすることに賛成ですか、反対ですか?その理由は何ですか?」という内容で、男女・学年問わず25人を対象とし、内21人から回答があった。実施期間は2014年11月20日から12月10日、方法としてfacebookメッセンジャーを利用した。学内でデモを行うことについて「賛成」と答えたのは半数以上の11人。「反対」が6人、「どちらともいえない」が4人であった。「賛成」派の意見として多かったのが、「大学は自由であるべき場所」という回答だ。また、トルコでは街中でも度々デモが起きているので、その場所が大学であろうが彼らには当たり前の光景のように映っているらしい。しかし、「賛成」と答えた中で、「自分は大学内でのデモで友人を一人亡くした」という学生もいた。また、「大学は新しいアイデアが集まるべき場所。誰でも自由に意見を言える場所でなくてはならない」という声もあった。

 一方で「反対」と答えた中には、「大学では勉学に集中したい」「度々、デモの参加者の声は授業の妨害になるので学生はキャンパスでデモをするべきではない」という声や、「デモ自体に悪いイメージはないが、学内でするべきではない」という意見もあった。

 今回のデモを調べるうちに気付いたことが二つある。一つは、トルコ人にとってデモは「自由」と「平等」を手に入れる為の手段であるという認識が強いこと。そしてもう一つは彼らのデモに対するイメージは今までのトルコの歴史が反映しているということだ。日本とトルコは歴史的背景が全く異なる。現在のトルコ共和国は、第一次世界大戦後のオスマン帝国崩壊から革命などによって、少しずつ現在の「国」の形を築き上げてきた。つまり国民が新しい声をあげることで、国を作りあげてきたのだ。そして、デモもその新しい声をあげるための方法の一つなのだ。そういったデモへのイメージの違いが今回筆者の目には異様な光景として映った理由かもしれない。

 デモを行う学生たちは自分たちの国の未来のために声をあげている。少しでも彼らの声が政府へ届き、より良い国へとつながることを願う。