<Liebsten Bucher>就活を前に思うこと・『車輪の下』(岩波文庫・1958) 

 主人公のハンス・ギイベンラアトは、小さな村に生まれた頭の良い子どもだった。大人たちは彼を稀代の天才と信じ、我先にと教育する。壮絶な受験勉強の末、難関の神学校に入学したハンスだが、規則ずくめの校風や難解な授業についていけなくなり、結局地元に戻ってしまった。父親に町工場に働きに出されるが、一度は出世コースに乗ってしまった彼は労働者としての生活にも適応できない。結局、彼の事故とも自殺ともつかない死で、物語は結末を迎える。幼いころに折れてしまったハンスの魂は、死によってしか救われなかったのだ。

 現代日本版ハンス・ギイベンラアトを想定するのは容易だ。教育熱心な両親と幼い頃からの塾通い、やっと入学した名門校での落伍。エリートの道には戻れず、かといって一度は足を踏み入れたその道を捨て去ることもできない苦しみと絶望。

 何がこの「ハンス」たちを苦しめるのか。作者のヘッセによればそれは幼い日の詰め込み教育だ。エゴイスティックな大人たちは、ハンスが可愛がっていたうさぎを、庭につくった水車を、悪友を、勉強のさまたげになるからと彼から奪い去った。周囲の無理解が重たい「車輪」となってハンスを下敷きにしてしまったのだ。子どものころに人は豊かな感性を育むべきだ、知識だけを詰めこむ教育で生きる力は身につかない・・・。

 ありふれた主張だな、と私は思った。ゆとり教育をめぐる論争でつい最近聞いたような話ばかりだ。しかし、ありふれた話には、ありふれているだけの理由があるのではないか。「車輪の下」に轢かれ、他人より勉強ができる自分は特別なのだと地元の同級生を見下しながら、神学校にも居場所を見つけられなかったハンスに、優等生然と生きてきた自分自身を重ねてぞっとするのは私だけではないはずだ。

 就職活動を目前に控えたこの時期である。もしも知らず知らずのうちに、自分もハンスと同じ袋小路に迷い込んでいたら、これからどう生きていこうかな…。この作品を読むたびに、私はそんな漠然とした不安をおぼえずには居られない。(水戸さくら)

車輪の下 (岩波文庫)

車輪の下 (岩波文庫)