上尾歩のキネマ論評・雨の日にだけ会う二人の物語

言の葉の庭 2013年5月公開 監督・新海誠

 恋が「孤悲」であったころ、孤悲とはひとり悲しむ心を表した。会えない時には、互いを求めあって和歌を詠んだ。今も昔も変わらない、思いを伝えるのは言の葉だ。そんな和歌からはじまる孤悲の物語を書いた映画、「言の葉の庭」を今回取り上げたいと思う。

 

 靴職人を目指す主人公は、雨の日は決まって学校をさぼり、日本庭園で雨宿りをしながら靴のスケッチをしていた。それと同様に、そこには毎回同じ女性がいて、初めて出会った日に彼女は和歌を詠んだ。

 「なるかみの 少しとよみて さりし曇り 雨も降らぬか 君を留む」

 約束もなく雨の日にだけ会う二人。親しくなるうちに、二人は惹かれあっていく。そして、歩き方を忘れてしまったという女性のために、主人公は自ら歩きたくなるような靴を作りたいと思い始める。

「夜、眠る前 朝、目を開く瞬間 気づけば雨を祈っている」

 この映画の中で、一番印象に残った主人公の心の中の言葉だ。実は、前述の和歌には、男性からのすねたような返し歌がある。

「なるかみの 少しとよみて 降らずとも 我は留まらむ いもし留めば」

 女性の、雨が降ればあなたを留めることができるのにという歌に対して、男性は、雨なんて口実にせず、はっきり離れたくないと言ってほしいと返した。しかし、そうとは言いながらも、この男性も心の中で雨を祈っていたのではないだろうか。自分では、言葉で伝えたものが全てでなくても、相手にとってはそれが全てである。想いは伝えなければ想っていないのと一緒だ。映画のラスト、今まで伝えたくても伝えられずにいた言葉、一粒一粒の想いが、お互いの中に入っていくのを感じながら、改めて言の葉の力を知った。

 しばしば雨と聞くと憂鬱にとらえがちだが、雨宿りというと嫌な気がしない。むしろ少しワクワクする。梅雨どきの、雨の降りしきる中、映画館で雨宿りというのはなんと贅沢なことであろうか。

◇『言の葉の庭』(2013年5月31日公開)

監督・新海誠

出演・入野自由花澤香菜

配給・東宝映像事業