上尾歩のキネマ論評・後ろ向きな姉と前向きな弟の物語

百万円と苦虫女
2008年公開 監督・タナダユキ

 自分に対する不都合を前向きに受け入れるのは、そう簡単ではない。自分では前向きに受け入れているつもりでも、その事実から逃げていることがある。映画「百万円と苦虫女」では、主人公の不都合の受け入れ方の間違いを、小学生の弟が気付かせる。「物事の受け入れ方」と成長をテーマに描かれたこの映画を取り上げる。

 子猫を死なせた同居人に憤慨した鈴子(蒼井優)は、同居人の持ち物を全て処分し、刑事告訴されて前科持ちとなる。釈放後、両親・弟との関係はギクシャクし、近隣の噂の種にもなる。鈴子は百万円が溜まったら家を出ると宣言し、山あいや海のそばにある村、少しさびれた街を転々とした。

 スーパーから帰る途中、鈴子は知人から前科のことで嫌味を言われる。腹を立てた彼女は、買ってきた豆腐や野菜を投げつけ啖呵を切った。そのすぐ側で隠れていた弟が、口を開けて一部始終を見ていた。彼も小学校でいじめを受けていて、仕返しのできない自分との違いに驚いた反面、姉を誇りに思ったのだ。弟はその帰り道、周りに人がいないことを確認してから、鈴子の手を取って歩いた。ついこの前まで、前科を責めていた弟が、姉の手をブンブン振り回して楽しそうにはしゃいだのだ。この二人で歩くシーンがとても可愛い。

 鈴子が家を出てからも弟へのいじめは続き、彼はとうとう相手に襲いかかり怪我をさせてしまった。その数日後、鈴子の元に届いた弟からの手紙には、「スーパー帰りの姉ちゃんを思い出して、もう何があっても逃げないと決めました」と書いてあった。いじめに立ち向かうと決めた弟と、前科を知る人がいない場所を転々とし、自立していることを盾に生きていた鈴子。彼女は、自分がいろいろな人から逃げていたことを気づかされた。

 そして次に行く街で、自分の足で立って生きていくことを決心する。弟が姉を見習って行動し、弟の勇気ある行動が姉の心を突き動かした。弱虫に見えた弟が本当は強くて、自分は強いと思い込んでいた鈴子の方が弱虫だった。二人の行動が互いの不都合の受け入れ方を前向きなものにした。ラストシーンの鈴子の晴々とした顔が印象深い。不都合を前向きに受け入れることが、自分を成長させる起爆剤になるのかもしれない。