<中東周遊取材>パレスチナ自治区、イスラエル入植の実態(森口広大)

 2015年1月、パレスチナ自治区におけるイスラエル入植の実態を取材するためにイスラエルに渡った。1948年にイスラエルが建国されて以来続くイスラエル/パレスチナ問題のことを日本人でも一度は耳にしたことがあるだろう。

 私が訪れたのはヨルダン川西岸パレスチナ自治区に位置するワディ・フキンという名の小さな村だ。そこで働いている地方議会議員の47歳の男性に話を聞いた。

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ワディ・フキン:イスラエルの首都エルサレム(地図の★印)から少し離れた東南に位置する。

 この村にはかつて1300人のパレスチナ人が居住していたが、1950年から56年にかけて侵攻を始めたイスラエル兵により、住居の90%が破壊された。住民は退去を強制され、ベツレヘム南部に位置するドゥヘイシャ難民キャンプへ避難したという。話を伺った男性を含め、住民はUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)に難民として登録されている。「1972年に住民は村へ戻ることが許されたが、多くの者が家を失い、そこに住む当ても無かった。だから今でもキャンプに残っている者も少なくないよ」と話す。f:id:link-hensyubu:20160312154057j:plain

写真:パレスチナ人男性宅屋上より撮影。奥には整然とイスラエル人住宅地が広がる。

 

 1996年にはイスラエルの入植が始まり、以来、年々それは進んでいるという。「あそこの住宅地にはユダヤ教正統派の人々が住んでいる。少なく見積もっても4万4000人はいる。とても信心深く保守的なんだ」と自宅の屋上から遠方に見える整然とした住宅地を指さしながら男性は話す。手前には古く殺風景なパレスチナ人の家々が点在している。イスラエル入植地にはパレスチナ人の立ち入りは許可されていない。「ユダヤ人も入植地に住む方が自治区外に住むよりずっと安いからね。家の値段は約半額程度なんだ。イスラエル政府もここに彼らを住まわせるように斡旋しているんだよ」と言う。

 

 入植地でイスラエル人のための家を建設しているのはパレスチナ人だという。日当200~300シェケル(約6000~9000円)と給料が良いためだ。「1948年には1万5000ドゥナム(約15平方km)あったこの村は今では2000ドゥナム(約2平方km)しかないよ。そして年8月にはイスラエル政府がこの地の内1500ドゥナム(約1.5平方km)をイスラエル領だと宣言したんだ。もしそれが行動に移されれば我々に未来は無いね。これ以上家も建てられないし、唯一の稼ぎ口である農場も失う」と肩を落とす。パレスチナ自治区では、このような不法なイスラエル入植の様子が各地で見られる。

f:id:link-hensyubu:20160312153518j:plain写真:イスラエル政府による建設ラッシュが進む。