このメッセージ、あなたはどう見る? ~「私はシャルリー」~ (浜田寛子)

 2015年1月末に、スペイン・バルセロナを旅した。観光地として有名な「グエル公園」で「JE SUIS CHARLIE 2015 FRANCE」という興味深い落書きを見つけた。1月7日、フランスの新聞社「シャルリー・エブド」が襲撃され編集者や風刺画家を含む12人が銃殺された。犯人はアルジェリア系のイスラム教徒で、「IS」(通称、イスラム国)との関係も報告されていたという。同誌は時事問題を記事と風刺画を交えて報道することで有名で、事件の要因は以前から掲載を続けていた預言者ムハンマドの風刺画だった。事件後パリでは「JE SUIS CHARLIE(私はシャルリー)」というプラカードを持った市民がデモ行進をするなど、「表現の自由」を訴える活動が目立った。筆者が見つけた落書きも、同様の意図から書かれたのだろう。

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1月21日 バルセロナにて撮影

 一方、日本でも新聞社が襲撃を受けた事件があった。28年前の5月3日、朝日新聞阪神支局が「赤報隊」と名乗る犯人に襲撃され、一人の記者の命が奪われた。真相が明らかにされないまま、事件は時効を迎えた。「憲法記念日 ペンを折られし 息子の忌」。現場にいた3人の記者のうち、犠牲となった小尻知博記者の母が残した一句だ。同局の資料室へ行くと、事件当時小尻記者が着ていたジャケットが展示してあった。小尻記者の妻がプレゼントしたものだというそのジャケットには、銃弾の跡が残っており事件の恐ろしさを物語っていた。暴力で言論を抑えつけたり、報道を自分が好む方向に動かそうとしたりするようなことはあってはならない。

 「表現の自由」、「言論の自由」。自由とは捉え方によっては何とも便利な言葉だ。しかし「自由」を盾にして情報を発信する側が優位に立ち、受け手側の心を傷つけてはいけない。大切なことは報道する立場もメディアを利用する立場も、同じ土俵に立って発信される情報と向き合うことではないだろうか。二つの事件とも裁きを受けるべきは襲撃の犯人だということが共通して言えるが、事件の要因は大きく異なる。

報道される記事が自分と異なる意見だったとしても、「なぜこの人はこういう意見を持っているのだろう?」と、深く考えることが重要だ。「自由だ、自由だ」と訴える前に、情報を発信するメディアもそれを受け取る読者や視聴者も、情報としっかり向き合うことが大切なのではないだろうか。 

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